私的巡礼の記録〜蒲原三十三番霊場の旅〜

第十五番・長安寺〔CHOUANJI〕

かげたのむ 仏のちかひ 世々を経て ながやすでらの 杉のむらたち
(かげたのむ ほとけのちかひ よよをへて ながやすでらの すぎのむらたち)

長安寺御朱印・2009年5月20日撮影長安寺・2009年5月20日撮影
・大阿賀橋を渡り、長戸呂の信号を左折。岡方第一小学校の近くにある。一度火災に遭っており、霊場佛を焼失してしまっている。山門に火災の爪痕が今でも生々しく残っている。
 文安年間(1444〜1448)、五頭山華報寺第四世住職が高森村より長戸呂村に移転し、錦鳳山清源寺と改名した。後西天皇の万治年間(1658)、鶴岩和尚は道場が民家に隣り合っていては心の境地が浅く、禅法を修すべき地ではないと思い、閑静な地を選んで寺を移したいと思っていた。残念なことには丁度良い所が見当たらず、嘆いていたのであるが、或る夜のこと夢の中に観音様が現れ、『善い哉、善い哉、南東の方角に深い杉林がある。ここに寺を移さば、喜びが広く安らぐであろう』と示され、夢から覚めた。鶴岩和尚は大喜びし、一堂を建てようと南東に行ってみると、古木が立ち並び数百年を経たような地が見つかったのである。鶴岩和尚は信心深い信者に頼み、ついに一堂を建立した。また、寺名も観音様の夢知らせに従い、広喜山長安寺と改名したのである。
【聖籠山 宝積院発行・蒲原三十三観音霊場めぐり−より一部抜粋】
【詳細な地図】
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