私的巡礼の記録〜蒲原三十三番霊場の旅〜

第二十三番・千光寺〔SENKOUJI〕

月一つ 影は千里の 外てらす 天津雲井の 五十公野の秋
(つきひとつ かげはせんりの そとてらす あまつくもいの いじみののあき)

千光寺御朱印・2009年10月27日撮影千光寺・2009年10月27日撮影
・五十公野小学校のすぐ近くなのだが、とても解りづらい。千光寺に向かって左手に安楽寺、右手に来迎寺というお寺があるが、その行き止まりに“見える”正面の奥が千光寺だ。とても細い橋を渡って境内の中まで行ける。
 天平年間(729〜748)、行基菩薩が此の地を遊化されたときのことである。当山の麓に、或る夜のこと南方より白髪の異人が、一本の御衣木と二本の棒をたずさえてやってきた。異人の言うことには『私には秘密の霊木がある。これをそなたに差し上げよう。速やかに千手観音を刻むがよい。観世音と縁を結ぶ者は今世後世に利益があろう。また、この二本の棒は命棒と福棒である。これらも共にそなたに差し上げよう。これらの棒は私が阿弥陀様と共に諸仏の国の前で作ったものである。命棒というは人々の寿命を延ばし、福棒というのは人々の煩悩と災難を除き、悪魔を降伏し、福徳智慧を授けるものである。そなたはこれら二棒を持って早く人々に利益を授けるがよい』とのことである。不思議なことに、この白髪の異人、忽ち総身金色となり、無量の光を放って千手観音となり、紫雲に乗り、南方へ飛び去ったのである。行基菩薩は歓喜の涙を流し、直ちに生身の観音様を手本とし、一刀三礼して観音像を刻み、一宇を建立したという。
【聖籠山 宝積院発行・蒲原三十三観音霊場めぐり−より一部抜粋】
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