私的巡礼の記録〜蒲原三十三番霊場の旅〜

第二十五番・相円寺〔SOUENJI〕

後の世の 種を新発田に 植る身の なれは仏の 誓ひなるらん
(のちのよの たねをしばたに うえるみの なれはほとけの ちかひなるらん)

相円寺御朱印・2009年10月27日撮影相円寺・2009年10月27日撮影
相円寺観音堂・2009年10月27日撮影相円寺御前立ち千手観世音菩薩立像・2009年10月27日撮影
・新発田駅を背に左へ進むと県道14号。信号をまず右折、更に左折して二つめの信号を右折すると両側にお寺の並ぶとおりである。左手の二つめのお寺である。境内入り口の左手前に観音堂がある。写真では冬囲いがされている。
 聖武天皇の天平年間、行基菩薩が当地を遊行した折、仏法僧の声に希有の思いをなし、さらに紫雲たなびき音楽の声が幽かに聞こえた為、これは神明のお告げであろうと思い、当地の森々たる霊木に三日三晩祈誓をこめたところ、白髪の異人が現れ、告げることには『此の地は末世に悪人女人を成仏させる霊地なり、この木をもって千手観音を彫刻すべし云々』、告げ終えると、たちまち総身より金色の光を発し、千手観音となり南方を指して飛び去ったとのことである。行基菩薩は涙を流し、地にひれ伏し、礼拝し、見たままに観音様を一刀三礼して彫刻された。一度、御名を称える者は二世の求願空しからず、しかも霊験日々新たとのことである。
【聖籠山 宝積院発行・蒲原三十三観音霊場めぐり−より一部抜粋】
【詳細な地図】
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