私的巡礼の記録〜妻在百三十三番霊場の旅〜

第十八番・中出山〔NAKADEYAMA〕

妙や 法の蓮の 華経 中出山より 渡る浮島
(たへなりや のりのはちすの はないかだ なかでやまより わたるうきしま)

中出山・2008年4月22日撮影(現在は狢田にある)聖観世音菩薩
・今までの札所巡りでこんなに迷ったことはない。二ツ屋の集落は今も温泉があり健在だ。第十九番の二ツ屋(地元の青年団で管理しており、GW頃まで雪囲いが外されずに参詣不可)なら簡単に見つけられるのであるが、この野中集落は昭和59年秋を以て全戸離村しており廃村である。しかもその集落への道自体が見つけられない。20年以上前の書籍の地図は手書きの略図であり、かなり解り辛い。その地図によると「やすらぎ荘」と言う温泉宿の先に「弁天池」があり、その先が野中集落となっている。しかし、その池が見つけられないのだ。
この集落へはやすらぎ荘のひとつ手前を左に曲がるとお墓が見える。そこを更に先へ進むと丸池があり、その先が弁天池。弁天様のお社がある。この先が野中の集落だ。家がある。ただお堂が見あたらない。集落をぐるりと回った辺りに田圃の様子を見に来ていたおじさんを見つけたのでそこでも聞いてみた。
「お堂は何年か前に大雪で潰れた」 。ショックである。現在、この集落へ行っても潰れた御堂の跡を確認できるのみである。
その際、観音様は定一さんと言う方が預かっていったのだという。定一さん?そのお宅はどこかと尋ねると山を下りていくと県道沿いに三軒並んで家があり、その真ん中のちょっと奥まった家がそうだと言う。
十日町市内から来ると六箇小学校の先、左側にたしかに三軒並んで家がある。その真ん中のお宅が定一さんだ。ごめんくださいと尋ねると齢83歳のおじいさんが出てきて今は自分が預かって祀っていると言う。案内していただいたのは少し離れた山の上。定一さんのお宅から歩くこと10分弱の近くだが山登りをしなくてはならない位置。作業小屋の真裏にそのお堂は建立されていた。小さな手作りのお堂であるが感動した。立派なお堂である。その小さなお堂の中に野中の観音様はきちんとお祀りされている。
御詠歌にある中出山とは、野中と二ツ屋の間の地名だという。雪深く、冬期間の奉拝はできない。
【曹洞宗青年僧侶の会発行・妻有の百三十三番−ふる里の霊場めぐり−より一部抜粋】
【詳細な地図】
《戻る》 《一覧へ》 《進む》