私的巡礼の記録〜妻在百三十三番霊場の旅〜

第二十七番・牧脇〔MAKIWAKI〕

後の世の 菩提の種を 蒔の脇 花の臺に 木実なるらん
(のちのよの ぼだいのたねを まきのわき はなのうてなに このみなるらん)

牧脇・2008年4月23日撮影聖観世音菩薩は御厨子の中に安置されている。
・国道117号線を津南方向へ進むとHONDAの先に土市の信号(郵便局の角)があるので右折。道なりに直進していくと二車線道路に出るのでそこを更に右折。すぐに小さな「牧脇橋」を渡ると左側に赤い屋根のお堂が見える。そこが牧脇の観音様である。入り口にお地蔵様のあるのでここも解りやすい。お堂の前まで車で入っていける。鍵は入り口の横のお宅で管理しているから最初に訪ねると良いだろう。本尊は弘法大師の作と伝えられ、法衣を身にまとった姿の格調高い聖観世音菩薩である。文治年間(1185〜1189年)、美作国より戦乱の世を逃れようとした夫婦が、尊像を背負って諸国の霊場巡拝の途中、新保村、村山家で亡くなった。村山家では残された尊像を大切に信仰し、後に各地から応援を得て、延徳元年(1479年)に竜王島に一堂を建立した。明応2年(1493年)夏の長雨で信濃川辺にあった全村が水に流され、尊像も失ってしまったが、ある夜、川辺の光を見て、泥中の尊像を発見し、あらためて現位置に再建したといわれる。7月17日が祭礼で、2時間だけ御開帳をする。昔は33年間開かず、一生に1〜2度しか拝まれなかったそうである。
【曹洞宗青年僧侶の会発行・妻有の百三十三番−ふる里の霊場めぐり−より一部抜粋】
【詳細な地図】
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