私的巡礼の記録〜妻在百三十三番霊場の旅〜

第三十九番・清田山〔SEIDAYAMA〕

漏じと 花の色香を 制だ山 月の光を なにとおしまん
(もらさじと はなのいろかを せいだやま つきのひかりを なにとおしまん)

清田山・2008年5月28日撮影観世音菩薩
・有名な清津峡を目指す。国道353号線から県道369号線へ入る(清津峡入り口へ下りる)て清津峡の土産屋さんの先の橋を渡ったら、清津峡とは逆方向へ右折する。清津峡集落センターを過ぎた辺りに「田代10km、清田山8km」の道標があるのでそれにしたがって道を左へ入る。ここからしばらくの間、狭い山道を通ることとなるので細心の注意が必要だ。ちなみに対向車が来たら所々に設けてある待避所までどちらかがバックしなければならないくらい道幅は狭い。舗装はしてあるが、まるで林道。都会の人なら本当にこの先に集落があるのかと思われるほどの山道だ。山を登り切った辺りに田代と清田山への分かれ道があるので清田山へ向かう。間違っていなければすぐにキャンプ場の入り口がある。清田山集落はもうしばらく先にある。集落に入って最初の家のところで右折して道なりに進むと右側の田圃の先にお堂が見つかる。もし、最初の曲がり角を見落としても神社の所を右折しても辿り着ける。
この観音様は唐金で造られており、背中に二つの穴がある。以前どこかの鍛冶屋が参拝に来た折、持ち帰ろうとしたが、仏像は観音堂から離れれば離れるほど重くなった。そこで鍛冶屋は溶かして持ち帰ろうとしたが、うまくいかなかった。遂に諦めて引き返そうとした途端、仏像は軽くなり、無事清田山に戻ってきた。それで今でも観音様の背には、ふいごであけられた穴が残っているという。昭和7年に火災が発生して民家4軒が焼け、観音堂も焼失したが、本尊は無事救出されている。御堂の前に弘化二年(1845年)の秩父、坂東、西国百番供養塔が建立されており、そこには妻在百三十三番の文字も刻まれている。
【曹洞宗青年僧侶の会発行・妻有の百三十三番−ふる里の霊場めぐり−より一部抜粋】
【詳細な地図】
《戻る》 《一覧へ》 《進む》