私的巡礼の記録〜妻在百三十三番霊場の旅〜

第七十一番・羽倉〔HAKURA〕

爰とても 同じ雲いの 羽倉山 松風さむき 音和清水
(こことても おなじくもいの はくらやま まつかぜさむき おとわきよみづ)

羽倉・2008年7月16日撮影聖観世音菩薩
・ここでは不思議なご縁に引き寄せられた。国道117号線を長野方面へ進むと県境に差し掛かろうという辺りで宮の原橋を渡る。渡ってすぐに県道へ右折し、線路をくぐった先、二本目の道を山側へ上って行くと羽倉集落である。その集落の一番奥の小高い山の上に立派なお堂がある。このお堂は雪で傷みがひどくなってきたとのことで2008年春から行っていた修繕が終えたばかりだという。なるほど屋根や壁板が新品である。このお堂の鍵は毎年集落の宮番の方が管理している。
不思議な縁というのはこの年の宮番をしてる家のおばあちゃんである。このお宅は一家揃って観音様を信仰なさっていて、ご長男はなんと立派な観音像まで彫っておられる。個人が彫ったものなので当然開眼はしていないようだが、それはそれは見事な慈母観音様である。実はまだ製作途中であるのだが、長らく子供ができなかったためにこの観音様を彫り始め、作業を進めながら毎日拝んでいたのだという。現在、このおばあちゃんにはお孫さんがいる。偶然やたまたまと思うのであればその人にはそうであろう。しかしこれは観音様のお授けであると信じたいものだ。
さらに話をしていると「おめさんがた大井平ん方にも行ってきたかね?」と聞かれたので行ってきたと答えた。「おごっだぁ〜、行ったかねぇ。大変だったろぉねぇ」と。それから昔話を少々。「昔9軒も焼ける大火があってそね。風の強い日でそ、部落からん火が観音様んとこまでごぅごぅって巻くように行ったがだて。そぉしたこってんならどっかんしょがそ、お堂ん中ん入って、でっこい観音様ことかつねあげて外ん出したがらとさ」
まだまだ続く。以前、このおばあちゃんの母親が具合を悪くしたときにご長男が彫った観音様を持っていき、拝ませたところ具合が良くなったそうだ。
この札所周りを始めてからもこれほど観音様を信仰している人に出会ったことはない。話をしていて嬉しくなるほどである。
不思議なご縁と思ったのは、これほどの信仰心のある方と、少しでも時期がずれたら宮番ではなくなってしまい、我々もお会いすることはなかったはずである。きっと観音様が導いて下さったご縁であるに違いない。
最初の御堂は現在の御堂より約4km程山よりの、標高560m位の所にあったといわれる。天正年間に近くの洞窟に移され、その後集落に下って県境の近くへ、そして現在の御堂に移ったのである。現在の御堂がいつ頃建立されたのか定かでないが、脇の地蔵様の背面には「享保十八年十二月吉日越後国魚沼郡羽倉村」という銘文が残されている。この観音様は安産の御利益があるといわれ、妊婦のお参りが多い。
【曹洞宗青年僧侶の会発行・妻有の百三十三番−ふる里の霊場めぐり−より一部抜粋】
【詳細な地図】
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