私的巡礼の記録〜妻在百三十三番霊場の旅〜

第七十九番・阿寺〔ATERA〕

潔 五障の雲も 晴行て 月澄渡 阿寺井の水
(いさぎよき ごしょうのくもも はれゆきて つきすみわたる あてらいのみづ)

阿寺(善玖院)・2008年8月12日撮影聖観世音菩薩
・十日町市(旧中里村)の阿寺の観音様は、昭和30〜40年頃にかけての離村で、集落が廃村となり、しばらくはコンクリート造りの祠に安置されたままだった。しかし、その後に長岡市に移り住んだ元集落の人が自宅に持ち帰り、持仏としていたのだが、菩提寺である善玖院に移管して今日祀られている。阿寺集落は始め信濃川辺にあり、洪水と地崩れで流され、山間の地へ移ったと伝えられる。観音様も水沢の新宮に流れ着き、長雨に困っていた人々に“照観音”としてそのまま祀られたといわれる。宝暦三年(1753年)、阿寺村の横山興次右衛門により、御堂が再建された。現在ある観音像はその時代のものであろう。
【曹洞宗青年僧侶の会発行・妻有の百三十三番−ふる里の霊場めぐり−より一部抜粋】
【詳細な地図】
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