私的巡礼の記録〜妻在百三十三番霊場の旅〜

第百四番・北田〔KITADA〕

小山邊に きくに北田の ほととぎす 我古郷を ともにかたらん
(おやまべに きくにきただの ほととぎす わがふるさとを ともにかたらん)

北田・2008年9月19日撮影如意輪観世音菩薩
・県道49号線、仁田の駐在所の正面の道を入って行くと仁田公民館がある。元々は真人の円蔵寺末庵として如意庵という寺院がそこにはあったのだが、戦後無住となり、昭和35年に解体され、観音様をはじめとする仏像等が公民館に安置された。鍵は斜め向かいのお宅が管理している。我々が訪ねた際はにこやかなおばあちゃんが対応して下さった。『中魚沼郡誌』によると、寛永の頃、江戸に田村四郎左衛門という者があり、手中の玉と愛育した菊という一人娘が17歳にして病死した。両親の悲嘆たとえようもなく、世の無常を観じ、菩提を弔うため巡礼の旅に出て、此の郷に巡り来り、娘と似た女と出会い、問うてみればそれは蘇生した菊であった。一男を儲け仁田の地に住んだという。これも観音様の導きなりと一宇を建立、守護仏の如意輪観音を安置したのは正保二年(1645年)の事だという。集落の北山裾には、広大な如意輪庵跡が残されている。
【曹洞宗青年僧侶の会発行・妻有の百三十三番−ふる里の霊場めぐり−より一部抜粋】
【詳細な地図】
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