私的巡礼の記録〜妻在百三十三番霊場の旅〜

第百二十九番・長泉寺〔CHOUSENJI〕

水上は 何国なるらん 長泉寺 ちかひも深き 谷河の水
(みなかみは いづくなるらん ちゃうせんじ ちかひもふかき たにがわのみづ)

長泉寺・2008年10月08日撮影十一面観世音菩薩
・国道117号線の中条の信号を笹山遺跡の方向へ進む。道なりに進んで県道461号線も横断すれば見えてくる。お寺の裏手には十日町市陸上競技場があるのでとてもわかりやすい。境内にある二佛堂が札所である。その十一面観音様の隣には昭和40年から薬師如来様が合祀されている。故に二佛堂なのである。他にも境内には誕生月毎の守り本尊様が祀られていたりもする。この十一面観音は、文久二年(1862年)の略縁起によると、「行基尊者の一木三体の御作と伝えられる。執権時頼公上洛の砌、夢のおつげで宇治田原村に出向かれる。尊像の霊験灼かなる事を知り、神授是なりと、尊像と関東へ還御される。建久四年、時頼公尊像と越前永平寺へ赴かれる折、此地に入られた。一夜を明し給ふに、尊像光明を放ち『此里は有縁の地なり、永く茲に止るべし』と、よって此地に堂宇を建立し安置給う。」とある。当初は最明寺川辺に堂宇があったが、三百年を経て八幡の里へ移り、寺号を長泉寺とする。天和年間、曹洞宗長泉寺と改め、中条上町の現在地に移り、尊像もまたその境内に安置される。昭和40年、下町の穴薬師と合祀して二仏堂とする。合祀の穴薬師は、その昔、信濃川の流木の中より見つけられたという。現在も耳や鼻の悪い人々が願をかけ、参詣者が多い。十一面観音の大祭は8月9日、穴薬師は5月8日である。ちなみにここの御住職は十日町市六箇にある祇園寺の御住職でもあり、普段は居りません。
【曹洞宗青年僧侶の会発行・妻有の百三十三番−ふる里の霊場めぐり−より一部抜粋】
【詳細な地図】
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